女性のためのリベラルアーツ講座

スパイラルとの協働事業として開催している連続講座。生き方、暮らし方、時短、心とからだ・・など様々なテーマに合わせて、多様なゲストをお迎えし、「リアル」な体験談に学びます。

    【レポート】後期 第5回『こころ×からだ×やりたいこと』2016年3月5日(土)  

    2016年3月8日

     

    「女性のためのリベラルアーツ講座」

    後期第5回目のテーマは『こころ×からだ×やりたいこと』。心身にかかわる問題は身近であると同時に、社会全体で考えるべき問題です。

    そこで今回は、子育てをしながら社会起業家としても活躍するゲストをお迎えしました。NPO法人マドレボニータ代表の吉岡マコさんと、エイズ孤児支援NGO・PLAS代表理事の門田瑠衣子さんです。

    こころとからだの問題に寄り添いつつ、「社会課題解決」と「やりたいこと」を両立させるために必要な知見とは?

    総合コーディネーターの西田陽光さんが、お馴染みのトーク術で引き出していきます。

     

    「やりたいこと」見つけたきっかけは自身の体験

    西田:まずはお二人に、自己紹介をしてもらいましょう。

     

    門田:はじめまして、門田です。今の仕事を始めたきっかけは、学生時代にフィリピンへボランティアに行き、孤児の子たちと出会ったこと。強く「国際支援の仕事がしたい!」と思ったんです。

    大学院進学後にはケニアの孤児院を訪れ、親をエイズで亡くした子どもたちがベッドにズラッと寝ている姿に衝撃を受けました。その年の冬にPLASという団体を立ち上げ、約10年になります。

    アフリカのケニアとウガンダで、これまで1000人以上の子どもたちに教育支援をし、大人たち3万人にエイズ予防教育を提供してきました。

    今日は「こころ×からだ×やりたいこと」というテーマですが、私も5ヶ月目の赤ちゃんがいて、昨日も2時間おきに授乳をして……という感じで、両立の大変さを実感する毎日です。

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    吉岡:NPO法人マドレボニータ――「美しい母」という意味です――の代表をしています。

    出産後の女性のケアプログラムを開発し、普及させてきました。認定インストラクターはもうすぐ25人。全国で展開しています。

    始めたきっかけは、98年に出産したこと。「子育てって大変だけどハッピーなんだろうな」と思っていたにもかかわらず、出産が女性の体に与える影響の大きさを痛感したのです。

    妊娠中はある程度普通に生活できるのに、生んだ後の女性の身体は本当にツラい。

    私は大学院で運動生理学を勉強していて、健康にも自信があったにもかかわらず、胎盤が子宮から剥がれて出てくる時の痛みに関する知識もなかったんです。

    女性はこんな不安定な状態で、ケアしてもらう仕組みもないまま「お母さん」と呼ばれて、育児を始めなければならないのかと驚きました。

    そこから、自分を実験台にして、産後の母体を回復させるようなプログラムを開発できないかと始めたのが「マドレボニータ」です。

    産後3ヶ月で始めた時は、誰も解決策をもっていない「産後ケア」の分野を発見し、「やりたいことが見つかった!」と思いました。

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    ◆やりたいことをビジネスにするのは大変?

    西田:なにかビジネスを始めるといっても、じゃあどうしたらいいのかしら?と悩む女性も多いでしょう。

     

    吉岡:会場はたまたま安く借りられましたが、1番コストがかかるのは集客でした。

    当時はインターネットの普及率も低くて。まずはチラシ、そして新聞社に手紙を書いて送って……でも、チラシを置いてもらうのは大変なので、お世話になった助産師さんのところに「こういうプログラムを始めたので、よろしくお願いします」と挨拶に行ったりして。

     

    門田:私の場合は大学院時代、ケニアから戻ってきて、エイズ孤児の問題を語る場に足を運んだのがきっかけでした。

    その場で意気投合した7人の学生と、「アフリカで何かやろう!」と。仲間のうちの1人がウガンダでボランティアをしていて、「支援を求めている小学校がある」と言うので、「じゃあそこからやろうよ」。

    現地へ行ってみると、掘っ立て小屋のような小学校です。「まずは学校を建てよう」ということで、助成金や学生ボランティアの募集などで建設費用を100万円集めました。

    現地の大工さんたち5人の指導の下、学生たちがレンガで学校を作ったんです。それでなんとか建設できちゃった。がむしゃらでした。

     

    西田:お二方とも突然「やりたい」ことが降りてきたのでしょうか。

     

    吉岡:やりたいことはあったのですが、それをビジネスにするのは大変でした。実は私、始めてから数ヶ月で「これではやっていけない」と思って、辞めたんです。

    離婚してシングルマザーになったのもあり、契約社員として働き出しました。でも、働いている間にマドレボニータへの問合せを何件もいただいて、「今お休みしてるんです」と答えるのが辛かった。

    そこで、週1回だけマドレボニータの教室を開催して、残り4日間をスポーツクラブでのアルバイトにしようと。

    周りからは「ただのフリーターじゃん」と言われることもありましたが、バイトだと契約社員より時間が自由で、産後のケアプログラムの勉強時間も確保できる。

    3年間はバイトをしながらでしたが、「いつか教室をメインにしたい」と思いながらやりました。

    今思えば、リスクを最小限にしてきたのかなと。

    すごく大きなビジネスプランを考える起業家の方もいますが、私は身の丈にあった、子どもとの時間を大切にできる規模から始めたんです。

     

    西田:今日のミソとなるお話ですね。「起業には志が大切」という言い方も耳にしますが、自分が生きていくために、やりたいことをどういう風に生活と両立していくかが、実は大切。自分が向い合ってできる環境の中で、できることはあるはずなんですよね。

     

    「アイデアを形にする」のは最初の一歩に過ぎない

    門田:実は私、小学校の建設途中で、同じく日本から来た仲間が途中で帰ってしまったんです。「もうダメかもしれない」と思いました。

    建設費用もギリギリでしたし、現地の大工さんが、お酒を飲んで仕事に来ないから家まで呼びに行ったりして。自分はコンクリートの床に寝袋を敷いて寝ていました。

    そうして毎日必死にやっていたら、最後の1週間、大工さんたちが「ボランティアでやるよ」と言ってくれたんです。

    今思えば大変でしたけど、確実に「私、生きてる!」っていう実感はありました。

     

    西田:お2人とも順風満帆に見えるかもしれませんが、実は裏でたくさん想定外の事態に直面し、苦労もされている。その中で、本人たちの必死さを周りが認め、変わっていった部分もあるのではないでしょうか。

     

    吉岡:私は苦労というか、すごく色々「工夫」をしました。教室のチラシを持って行くと嫌がられるから、ニュースレターにしたんです。

    産後ケアのためになる情報を載せて、病院に置かせてもらって。それを読んでくれた人たちが気に入ってくれたようで、「『ボニータ通信』の最新号はないんですか?」と問合せも頂くようになりました。相手が、私の提供する「コンテンツ」を認めてくれたのが大きかったと思います。コンテンツの提供なら、費用はコピー代くらいで、自分の知恵でできる。マドレボニータの活動をしながら気づいたことを言語化して、ニュースレターにして配る。それを見て教室に来てくれる人が現れる、という循環ができました。

    「産後ケアのプログラム」というアイデア自体は、誰でも思いつくようなものです。でも、実際にやってみて現場から出てきた知見は、自分の想像をはるかに超えていました。

    アイデアを形にするのは最初の一歩に過ぎません。現場に軸を移して、どれだけ改良していけるかが重要なんだと思います。

     

    西田:そこが1番大事なところです。机上の空論ではなく、現場で観察した記録は大きな知見になる。素晴らしいです。門田さんも、帰国しちゃったお友達のおかげで、「ピンチはチャンス」という体験をされたわけですよね。

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    ◆1人になってでも、やりたいことって何?

     

    門田:ウガンダではあまりに予想外の経験が続いて辛かったのですが、後で写真を見ると自分の顔が笑っているんです。やっぱり楽しかったのかもしれないですね。ただ、ビジネスにするのは私も大変でした。

    最初の2年間は、期間を決めてアルバイトをし、アフリカへ行くという生活。2年かけてやっと、事業としてやれるようになった。

    それでも正直、エイズ孤児の支援をビジネスとして続けるのは不安でした。立ち上げ時のメンバーの多くは就職してしまいましたし……。

    でも、私は「これをやらないと死んだのと一緒だ」と思ったんですね。「このまま好きなことをやることが、自分にとって『生きること』なんだ」と、自分に言い聞かせている部分もあったかもしれません。みんなが離れていっても自分がやりたいからやるんだ、と思うと気持ちが楽になりました。当時、離れていった仲間も、仕事をしながら参加してくれたりして、1人にはならなかったのですが。

     

    吉岡:私もまったく同じです。2006年に個人事業主から法人化して、インストラクター認定制度を作ろうとしたときのこと。NPO法人にするために動き始めた途端、「そんな大ごとになるならいいです」という声が続出しました。離れていく人もいましたが、「また次のボニータ通信を書いて、人を集めればいいや」と。1人になってもやりたいと思える仕事だから、そう思えた。でも、結局1人にはならなかったんです。当時、残って「最初に認定試験を受けさせて下さい」と言ってくれた人たちが、今も理事をしてくれています。

     

    西田:小さな規模で始めたビジネスが成長するにしたがって、仕組み化していかないといけない難しさや葛藤ってありますよね。情緒的な部分を超えた「合理化」が必要になるからです。門田さんは、働き方の「合理化」にも取り組まれたそうですが、どうでしたか。

     

    門田:事務局長の出産を機に、組織の残業体質というか、「たくさん仕事をするのって楽しいよね!」という雰囲気をガラッと変えたんですよね。

    それまでは私も「やりたいこと」をほとんど寝ずに追求するような仕事スタイルで、産休に入る事務局長の分も私が引き受けようとしていた。

    でも、ある経営者の方に「それでは産休に入った立場からみて、門田さんが圧倒的に『上』になってしまう。いびつな上下関係ができてしまうよ」と。

    ハッとして、働き方を変える改革に取り組みました。不採算事業そのものをバッサリ切るなど、ドラスティックに変えましたね。

    労働時間は短くても、しっかり成果を見せていくことで、少しずつ組織は変わっていきます。

    私自身も出産を経て、「人と比べるのではない、自分なりの仕事のやり方があるんだな」と思えるようになりました。

     

    西田:よくロールモデルとか、こういう生き方が理想なんだとかいう言い方を耳にしますが、結局は1人1人に合う「ワークライフバランスの尺」があるはずですよね。今日はお二人の具体的なお話から、女性がみずから人生を拓くヒントがたくさんあったと思います。ありがとうございました。(了)

     

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    【登壇者プロフィール(敬称略)】

    <ゲスト(敬称略)>

    ■吉岡マコ(NPO法人マドレボニータ代表)

    1996年東京大学文学部卒業後、同大学院で運動生理学を学ぶ。1998年自らの出産を機に、産前・産後に特化したヘルスケアプログラムを開発。以来、研究・実践を重ねる。2008年NPO法人マドレボニータを設立。指導者の養成・認定制度を整備し、現在20人のインストラクターが全国約50か所で教室を展開。現場をもつNPOとして『産後白書』の出版など調査・研究にも尽力。2011年マドレ基金をたちあげ、ひとり親、多胎児の母、障害児の母など、社会的に孤立しがちな母親たちへの支援に着手。著書『みんなに必要な 新しい仕事』(小学館)ほか多数。

     

    ■門田瑠衣子(エイズ孤児支援NGO・PLAS代表理事)

    1981年熊本県生まれ。2006年、明治学院大学大学院国際学修士課程修了。2005年、在学中にケニア共和国でのボランティア活動に参加。それをきっかけに、2005年にエイズ孤児支援NGO・PLASの立ち上げに携わり、同団体事務局長を経て、現在代表理事を務める。海外事業及び国内のキャンペーン事業、ファンドレイジングなどを中心に活躍中。2013年に長男を、2015年9月に二男を出産し、2児の母でもある。

     

    <総合コーディネーター>

    ■西田陽光(一般社団法人次世代社会研究機構代表理事)

    1997年、非営利の政策シンクタンク「構想日本」の立ち上げメンバー(運営委員)パブリシティ担当ディレクターとして毎月JIフォーラムを17年間企画運営する。2013年6月末退社。2003年(社)日本家庭生活研究協会の常務理事として「男性のワークライフバランス」事業責任者として「お父さんの十カ条」冊子作成、「ワークショップ用プログラム」の開発や男性の家庭参画推進の数々の啓蒙推進企画を実施。2013年一般社団法人次世代社会研究機構代表理事に就任。2014年「特別養子縁組推進キャンペーン」を日本財団と行う。「子育て知事同盟」応援企画を長野県と企画。子育てパパママ支援企画・女性支援企画を数々開催。

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